平成22年2月11日

私が高校生の頃に通っていた合気道場は、合気道養神館の系統の道場でした。その道場には、直接の先生の他に、当時、米軍横須賀基地の合気道師範でいらした、エイマス=リー=パーカー先生という先生が、指導を手伝いにいらしていました。

合気道にはいくつかの流派があり、合気会、合気道養神館、氣の研究会の3つが、合気道の代表的な流派です。パーカー先生は、合気道養神館の、米軍横須賀支部の師範でいらっしゃいました。

パーカー先生は、たいへん丁寧な方でした。私たちに、技を一つ一つ、正確に、厳密に教えてくださいました。例えば、私が何か動作をすると、先生は毎回、私の手の位置を直し、「中心で」とおっしゃるのですが、まあ、1,000回くらいは言われていると思います。

当時、自分では中心で行っているつもりでしたが、出来ていなかった模様で、パーカー先生はいつも同じ調子で、「中心で」と直してくださいました。

パーカー先生は退役軍人で、ベトナム戦争に2回、行かれたそうです。私たちが熱心に稽古する事もあってか、先生は熱心に教えてくださいましたが、ある日、こんな事をおっしゃいました。

「向こうから歩いて来た人が、危ない人だった時、それはちゃんと分かります。心配ありません」

どういう事か、当時は想像もつきませんでしたが、確かに、分かる様になりました。また、こんな事もおっしゃいました。

「あなたの技、とても良いです。大丈夫です」

そして、繰り返し、直して頂きました。ですから私も、そうしたいと思います。

パーカー先生は、稽古の日には、稽古開始の1時間くらい前に会場に到着し、ロビーで待っておられたという事です。

パーカー先生は、本当に誠実で、また、たいへん真面目な方でした。先生は現在、テキサスにご在住で、ご縁のあった道場で、合気道の指導をされておられるそうです。

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